古川康知事のHPより「ハンナ・アーレント」

古川康知事のHPより「ハンナ・アーレント」
古川康佐賀県知事のHPの「週刊yasushi」にあったシエマの記事をご紹介します。私も観に行きたいと思います。

平成26年1月7日(火)
第545号「ハンナ・アーレント」

最近観た映画の中で心に残った映画といえば「ハンナ・アーレント」。ドイツ系ユダヤ人の哲学者の物語だ。
ナチとユダヤというテーマと聞くと、それだけで内容のイメージが湧いてくる。そのこと自体は重いテーマだと思うのだが、映画を観るときいつもいつもそういう重いテーマのものを観たいわけではないからパスすることも多い。この「ハンナ・アーレント」もその手のものかと思っていたら、東京在住の友人からこんなメールが来た。
「佐賀で『ハンナ・アーレント』やっているのですね。観れますか?」
「観れますか?」の意味がわからなかったので「観れますか?って?」と聞いてみた。そしたら、こういう返事が来た。
「東京は会場(注:岩波ホール)が狭いので観客が入りきれず、なかなか観ることができないんです。」
やや俗っぽいきっかけなのだが、それで観に行くことにしたのだった。

年末の休みに入った昼間の上映。会場のシアター・シエマは僕の大好きなまちなかの単館系の映画館。本当にいい映画を上映してくれている。こういう映画館があるかないかで、その地域の文化力みたいなのがずいぶん違うと思う。この映画を観ようという人が何人いてくれるだろうと、どきどきしながら劇場の扉を開けたら10人くらいは観客がいて、ちょっとほっとした。

このハンナ・アーレント。彼女は何百万人ものユダヤ人の収容所移送を指揮したナチスの重要戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判に立ち会い、その傍聴記を雑誌「ニューヨーカー」に発表した。ほとんどの読者は、この「極悪」アイヒマンが逃亡の末イスラエルの諜報機関「モサド」の手によって捕えられ、エルサレムで裁判にかけられる、ということに加えて、それをルポするのが「ホロコーストを生き延びたユダヤ人哲学者」というだけで、「どれだけ彼女がアイヒマンを断罪してくれるか」と期待に満ちて掲載誌を手にしただろう。
しかし、彼女はその期待を見事に裏切る。読者が期待するような断罪のレポートではなく、「アイヒマンは単なる考えることを放棄した小役人で、上司の命令に従っていたに過ぎない」と論じるのだ。

物事を考えなくなること。このことこそが最大の敵だ、というのは今なお正しいのではないか。映画の中で見せる彼女の筋だった立論はまことに正しい、と僕でも思う。

アイヒマンは「こうすればもっと短時間にユダヤ人を「処理」できる」と提案して実行した、ということでよく知られている。それだけ聞くとアイヒマンに弁解の余地はないように思うが、アーレントは、彼はユダヤ人が憎くてやったわけではないのではないか、と言う。僕もそう思う。彼は、なに人であろうとも上司からの命令で「効率的に事務を遂行するために工夫せよ」と言われれば、そのような提案をして実行していったのではないか。その意味でアイヒマンは「ユダヤ人の敵」ではなく、「人類全体の敵」と言えるのではないか。
「良心を失い、考えることをせず、ただ、上司の命令だから、という理由だけで仕事を遂行する」ということがこれだけの大きな惨劇を生むのか、と改めて感じてしまう。

読者の期待を裏切った代償は大きかった。彼女は社会的に痛烈な非難を受ける。友人からも隣人からも見放され、否定され、主張することを聞いてもらえず「同じユダヤ人として許せない」などという中傷を受け、職まで失うことになる。それでも彼女は信念を曲げない。
哲学者だから思考することが仕事であり人生そのもの。それを否定して世間に迎合してしまうのは、またそれはそれで思考することを拒否した人たちがいたナチの時代と同じようになってしまうのではないか、と僕は思う。彼女の生き方を強烈に支持する。昔読んだ「日本人とユダヤ人」の中に「ユダヤの社会では全会一致になったらその決定は無効」というようなことが書いてあったと思う。その意味では彼女は極めてユダヤ的だったのかもしれない。

映画館に来ていた観客の中には学生風の人も何人かいた。聞いてみたら大学でも話題になっているとのこと。
「ハンナ・アーレントって哲学者、知ってましたか?」と尋ねてみたら、意外な答えが返ってきた。
「知ってましたよ。センター試験の問題で引用されてましたから。」

たしかに2013年センター試験の倫理の問題に出ていた。やるな、センター。

この映画、シアター・シエマでは1月17日(金曜日)までの上映だ。「永遠の0」も「清須会議」も悪くないが、ちょっと違ったテイストのこの映画、ぜひゆっくりと楽しんでいただきたい。
東京なら順番待ちなのだから。


ふるかわ 拝



この記事へのコメント
これ、見ようとおもって混んでて諦めました。意地でも見とけばよかったかなー。
マジメ系をあまり選ばないのですが、紹介されるとやはり気になりますね。
Posted by ぽてちぽてち at 2014年01月17日 00:32
有言実行で、観てきました。マジメ系でした。でも、写真でもそうですが、彼女、たばこを吸う姿が恰好よかったですよ。ユダヤ人のくせに、と言われたのに対して、私はユダヤ人だから愛するのではなく、愛すべき人を愛するんだ、とかいうセリフが印象に残りました。
Posted by シロクロアリスシロクロアリス at 2014年01月20日 12:55
そうですよね。どのセリフかなと思って、3回読み直しました(笑)。
Posted by シロクロアリスシロクロアリス at 2014年01月27日 08:32
す、すみません!!
Posted by ぽてちぽてち at 2014年01月29日 23:55
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