ゴーストライター、 なかなかの見応え

土曜日、シエマでゴーストライターを観ました。日曜日は、ミッションインポッシブル~ゴーストプロトコル。「ゴースト」つづき??

ゴーストライター、なかなかの見応えでした。
どんどんストーリーに引き込まれる展開。だれがCIAと通じているのか?最後のどんでん返し。えっ、ここで、この人が死んじゃうの、とか。書いてしまうと、これから見る人に悪いので、あんまり詳しく書けないもどかしさ。

イギリスの元首相ラング(ピアーズ・ブロスナン。007のイメージがマンマミーアでがらっと変わったけど、今回は007系?)がテロリスト殺害を指示していたことが暴露され、窮地に陥る。

ちょうど、彼の回顧録が執筆されていて、そのライターは取材の中で真実を知ってしまいます。そして、元首相の大学時代の写真に写っていた人物に会いに行った帰りに殺されてしまいます。映画は、彼の車がフェリーに取り残されているシーンから始まります。

主人公は、このライターの後任。元首相にインタビューをしながら原稿を書く彼の周りではいろいろ怪しいできごとが起こります。前任者の原稿に何らかの秘密が隠されているらしい。どこにその秘密が隠されているかは、最後の最後にわかります。あー、そうだったのかー。

ラストシーンも「えっ、」。

う~ん。こういうサスペンス映画のブログを書くのは、ほんとうに難しい。

全体に暗いシーンが多いのですが、その暗さがまたよかったです。監督は、あのロマンポランスキー

Posted by シロクロアリス. at 2011年12月19日12:06 | Comment(5) | trackback(0)

バリアフリー映画祭で“天国からのエール”

11月25日から昨日27日まで、佐賀市でバリアフリー映画祭が開催されました。障碍者の方も楽しめる映画ということで、字幕はもちろん、シーンごとに風景や人の動きなどのアナウンスが入ります。

私は映画祭を締めくくる“天国からのエール”という映画を観ました。沖縄本部町。バンド活動に熱中する高校生3人組。でも、大きな音を拒絶され、学校での練習もダメ、「使っていいよ」と言ってくれた弁当屋さんの倉庫も結局ダメに。

練習する場所がなく意気消沈する3人。それを見て「そんなことくらいであきらめるな」と叱るニイニイ。ボーカルの女の子から、その言葉にきつい一言「スタジオもないような街にしたのはお前たち大人だ」

その言葉でミュージシャンになる夢半ばで事故死した同級生を思い出すニイニイ。そして、自腹でスタジオ建設を始めます。

家族の反対、高校生の半信半疑な目。その中で一人もくもくとブロック積を続けるニイニイ。段々、手伝う高校生が増えていきます。そして完成。そこは単なるスタジオではなく、挨拶や礼儀を教えるいわば道場になります。

バンドには途中で投げ出していたギターの子が加わり、本格的に活動を開始。プロになる夢を応援するために、昔の喧嘩相手に頭を下げ、「セミになる」ニイニイ。

ようやく陽が当たり始めた矢先に、ニイニイを襲う病魔。私のツボを刺激する展開です。大雨の中、スタジオの雨漏りが心配で病院を抜け出すと、そこには自分たちで一所懸命に屋根を覆ったり、機材を避難させるたくさんの高校生。

そして、とうとうニイニイは帰らぬ人に。その悲しみで音楽祭のステージに立っても歌えない彼女。観客から「頑張れ」、そしてニイニイの子どもと奥さんから「頑張れ」。うたった曲は、事故死したニイニイの同級生が志半ばで世に出せなかったうたでした。

バリアフリー映画は、難しいなと思いました。風景などの説明が正直気になるし、無言や風の音だけのシーンなどなどに意味を込めたものがあると思うのですが、そういう場面が製作者の意図と違ってしまうこともあるだろうと思います。

そういうことと、障碍者の方が映画を楽しむことをどう両立させればいいのか。

Posted by シロクロアリス. at 2011年11月28日18:02 | Comment(3) | trackback(0)

いのちの重さの違いが際立つ“バビロンの陽光”と“スーパー”



先週、土曜日、日曜日と続けてシエマへ。土曜日は“バビロンの陽光”、日曜日は“スーパー”を観ました。

“バビロン”は、イラクを舞台に、戦争で行方不明になった父親をおばあちゃん(父親の母)と息子が探しにいくロードムービー。12年前に別れた父親の記憶は何もなく、ただ、「この子には父親が必要だ」という思いのおばあちゃんに手を引かれ、歩き、ヒッチハイクし、バスに乗り、長い道のりを行く2人。

途中で出会う温かい人がいなければ本当に悲しくつらいだけの映画です。いるはずの刑務所はすでに廃墟に。その後、集団墓地をめぐりながら、無数の骸に現実を突き付けられる2人。とうとう最後まで父親の生きた姿にも骸にも会えません。そして、最後に、本当に悲しいシーンが・・・・。おばあちゃんが、移動中の車の荷台で静かに息を引き取りました。命の重さ、家族の絆を考えさせられる映画でした。

”スーパー“は、いじめられて育ち、何をしてもうまく行かないタイプのさえない男が主人公。今までの人生でよかったことは2つだけ。職場で偶然知り合った美女と結婚したこと、路上でものを売っているとき偶然前を走って逃げた犯罪者が走り去った方向を警察官に教えたこと。

そんな彼にとんでもない不幸が。人生に2つしかない幸せの一つである妻が麻薬の売人に誘惑されて家を出てしまいます。妻を取り戻そうとしても暴力で妨げられる中、神の啓示を受け、スーパーマン?として悪者を懲らしめることに。手作りのコスチューム、武器はモンキーハンマー。映画を待つ列で割り込む男をハンマーで殴り倒すなどなど。正義の味方か単なる暴力か。世間の評判も分かれます。そういう彼に、バットマンのロビンよろしくアニコメおたくの女の子がコンビになります。

そして2人で麻薬取引現場へ妻を奪還に。コメディーらしくなく、その現場は殺し合い。コンビの女の子も左目を吹っ飛ばされて死亡。悪者たちも何人も死んじゃいます。命が軽い映画でした。

いやー、映画って本当におもしろいですね。さよなら、さよなら。淀川さんの声が聞こえてきそうです。

Posted by シロクロアリス. at 2011年11月17日17:40 | Comment(2) | trackback(0)

「BIUTIFUL ビューティフル」

大変ご無沙汰しております。
久々にどっぷり浸る映画に出会いました。
映画を観るのも久々なので、どっぷりしたのかもしれません。

ハビエル・バルデム主演の「BIUTIFUL ビューティフル」。

(C)2009 MENAGE ATROZ S. de R.L. de C.V., MOD PRODUCCIONES, S.L. and IKIRU FILMS S.L

スペイン、バルセロナ。
ウスバル(ハビエル・バルデム)は、移民や不法滞在者を相手に、
仕事の口利きや、警察への仲介などで収入を得ている。
麻薬に溺れ奔放な生活を送る妻と別れた彼の支えは、娘と息子。
送り迎えをし、食事を作り、男手ひとつで懸命に育てていた。
ある日、ウスバルは末期がんと診断され、余命わずか2か月と告げられる。

警察官にアフリカからの不法滞在者を取り締まらないでくれ、
と袖の下を渡すウスバル。
でも、警官も必死です。「娘を食わせるだけで精いっぱいだ」と。

彼らに肩入れし、面倒をみているつもりでも、「お前だって搾取してるだろ!」
と罵声を浴びることもあるウスバル。
それでも、愛する2人の子どもと生きるために、危ない仕事もこなします。

2時間半の長い映画なのですが、社会の底辺で生きる父としての
ウスバルのかっこよさが丁寧に描かれています。
ハビエル・バルデムは本作の演技でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞。

一生懸命に生きてるのに、なぜ自分だけがこんな目に…。
やりきれない思いを抱える人はたくさんいるでしょう。
向き合うこと、受け入れることの難しさと奥深さを真摯に描いていると思います。
それが「BIUTIFUL」なのかもしれません。
ズドンとくるけど、余韻に浸れます。

シエマで11日(金)まで。急いで!
http://ciema.info/index.php?itemid=2129

Posted by ぽてち. at 2011年11月08日03:11 | Comment(4) | trackback(0)

こどもの頃を思い出した。Stand by Me

死体を探しに行こうなんては思わなかった(もちろん、まわりに死体がなかった)けど、こどものころ同級生やいくつか歳の違う近所の仲間で遊んでいたころを思い出しました。時代もだいたい同じ60年代から70年代はじめ。

裏山にのぼって、「秘密基地」とか言って、竹でつくったスペースの中で遊んだこと。ちょっと歳の離れた怖いお兄さん達からちょっと怖い思いをさせられたこと。友達もそれぞれ、いろんな家庭環境にあったこと・・・。そうそう、線路の上も歩いたなー。レールに耳を当てて、列車(当時は、汽車って言ってました)が来ているのを確かめたり。

そして、やっぱり、映画と同じように、そのころの友達とはもうずっと会っていません。

子どもの頃を思い出しながら、エンドロールの「ダーリン、ダーリン」を最後まで聞きました。

Posted by シロクロアリス. at 2011年11月07日18:20 | Comment(2) | trackback(0)

松田優作は永遠です。



本日、11月6日は、松田優作さんの命日です。

この映画『それから(1985年)』は、当時大好きだった松田優作と藤谷美和子の共演ということもあり、少ない小遣いをやりくりして観に行きました。

森田芳光監督の映像が美しく、その雰囲気というか、テイストというか、松田優作さんの作品の中でも上位にランクインします。

小林薫を「カッコイイ」と思ったのもこの作品からですね。今も朝の連ドラでいい味出しています。
数少ない二枚目俳優でしょうね。

特に深い意味はないのですが、松田優作さんの命日だったので、何となく日記を書いてしまいました。

Posted by 勝手にシエマ応援隊. at 2011年11月06日19:03 | Comment(1) | trackback(0)

エデンの東



「午前十時の映画祭」なので『エデンの東』を午前十時の回に観に行きました。
長男坊と一緒に観ました。

何十年振りだったのでしょう。(四十数年しか生きてませんが・・・。)
オープニングの3分のアレは、完全に忘れていました。こういう始まりだったのか!とちょっと戸惑いました。(観てのお楽しみです。)

でも、本当にいい映画ですね。

多くの欧米映画が旧約聖書や新約聖書に影響を受けているので、知らないよりは知っていた方が分かりやすいように、この『エデンの東』も旧約聖書のカインとアベルの物語を知っている方がその面白さが違ってきます。
幸いにもバテレン幼稚園に通っていたのと阿刀田高さんの「旧約聖書を知っていますか」とか「新約聖書を知っていますか」を読んでいたので、何となく知っていました。(阿刀田高さんのいわゆる「古典もの」は、色々とためになるので、是非、ご一読ください。)

長男坊は、その知識がないので、よくわからなかったようでした。

長男坊にとっては、その後で行った「ぎょうざ屋」さんのぎょうざ定食(650円)の方が感動的だったようです。(ぎょうざの追加までしていました。)

Posted by 勝手にシエマ応援隊. at 2011年11月02日20:20 | Comment(1) | trackback(0)

映画がみたい!

最近、週末に映画を固め打ちできません…。

嗚呼、早く映画が観られるようになりたい。
早くサッカーも観に行けるようになりたい。
早く楽しい山登りに行けるようになりたい。

勝手にシエマ応援隊さんや
シロクロアリスさんや
クロさんの映画評も聞きたい!

と強く思う昨今。

今週のシエマは「スティング」ですね。
いいな~。

Posted by ぽてち. at 2011年10月04日03:17 | Comment(3) | trackback(0)

「テンペスト」 映画と戯曲の違い

シェイクスピアは、この作品を最後に筆を折った―
と聞くとどうしても見たくなり、予告編の凄味もなかなかだったので、鑑賞。

ナポリ王は航海の途中に荒波にもまれ、難破する。
たどり着いた先は、かつて実の弟にナポリ公国を追放された
大公プロスペラ(ヘレン・ミレン)が支配する絶海の孤島だった。
大公プロスペラは、かつて自分を裏切ったものたちへの復讐を開始する。

鑑賞結果は…
・最初に出てくるヘレン・ミレンの顔がコワい
・道化の意味がよくわからない
・セリフが全部舞台風
の3点セットにより、撃沈(軽く眠)してしまいました。

それでも衣装はかっこいい。
ヘレン・ミレン、さすが英国を代表する女優です。凛としてます。

ジュリー・テイモア監督が原作を重んじ、シェイクスピアに敬意を払っているのは分かるのですが、舞台ではなく映画を見に来たわけなので、セリフがすべて舞台風だと、なんかとっても違和感が…。

何幕もある舞台では、道化や酔っぱらいのシーンで、息抜きは必要ですが、映画ですと流れが切れてしまいます。

シェイクスピアの舞台がお好きな方は、舞台と映画を見比べてみるのも面白いかもしれませんね。くどいですが、衣装と絵は極めて綺麗です。空気が澄んでる感じのする映像ですね。

映画をたくさん見てると、いろんな映画に出会うのだということがよくわかりました。

シエマで、9月30日(金)まで。
http://ciema.info/index.php?itemid=2118

Posted by ぽてち. at 2011年09月19日09:41 | Comment(0) | trackback(0)

「キッズ・オールライト」

また更新が空いてしまいました。
けっこう観てるんですが、怠惰なのですみません。
飯田橋ギンレイホールで観たのは「キッズ・オールライト」。
場内は10席ほどしか空いてませんでした。

ニック(アネット・ベニング)とジュールス(ジュリアン・ムーア)はレズビアンのカップル。18歳になる娘ジョニと15歳の息子レイザーと郊外の一軒家で仲良く暮らしていた。年頃のレイザーは、母親たちに精子を提供した“父親”の存在が気になり始める。ジョニとともに父親捜しを始める。やがて、地元で人気レストランのオーナーを務めるポールという男性が生物学上の父親であることが判明。気さくなポールに打ち解けてゆく二人。それを知ったニックとジュールスは、事態を穏便に終息させようと、ポールを自宅に招いて食事会を催す。

ニックは稼ぎ頭、ジュールスは専業主婦で口うるさい。
この二人のママの関係は、ポールの登場によって揺さぶられていきます。
一方、気ままな独身生活を送るポールも、家族を持つ喜びを、ジョニとレイザーによって気づかされていきます。
それがどれも軽快なテンポで描かれているのがこの映画の素晴らしいところ。

家族の形も抱える悩みも、みんなそれぞれ違うけど、乗り越えていく過程は同じなのかもしれません。
後半になるほど子供たちが大人に見えてきます。
性への興味や友達との別れなど、年ごろエピソードもしっかり織り込まれています。

ほんとに気持ちのよい、前向きな映画でした。
いい家族に元気づけられ、映画館を出る足取りは軽くなります。
たくさんの人に観てほしいなぁ。

シエマで、9月23日(金)まで。
http://ciema.info/index.php?itemid=2031

Posted by ぽてち. at 2011年09月18日10:00 | Comment(5) | trackback(0)

「ショパン 愛と哀しみの旋律」

永らくご無沙汰しておりました。
ちょっと8月は遊び過ぎて映画をあまり観ておらず…。
そんなわけでこの作品も半年前に観たものです。

(C)2002, A Jerzy Antczak Production, All Rights Reserved
.
ピアノの詩人・ショパンと恋多き女として知られる作家ジョルジュ・サンドとの愛を描いた作品。
自由な音楽を求めて祖国ポーランドを離れ、パリへとやって来たショパン(ピョートル・アダムチク)。
なかなかチャンスに恵まれず苛立つが、フランツ・リストの紹介で社交界デビューを果たす。
そこで注目の女流作家ジョルジュ・サンド(ダヌタ・ステンカ)と出会い恋に落ちる。
離婚歴のある年上のサンドの包容力、母性に包まれ、ショパンの才能はさらに開花していく。

音楽は素晴らしいです。言うことなし。
「シャネルとストラヴィンスキー」「クララ・シューマン 愛の協奏曲」など、
音楽家を扱った作品はここ数年多いですね。
「ショパン~」にも期待していました。この上記2作も良かったから。

が、残念ながらこの2作とはだいぶ離れてる感じも。
サンドの娘ソランジュや息子モーリスと、ショパンは全然うまくいきません。
このドロドロの確執、史実に基づいてるんでしょうね。たぶん。
でも、それより音楽もっと聞かせてくれー、という感じ。

ショパンは、ずっとがなり立ててしゃべる人だったのでしょうか。
ずっと爆音でしゃべってるようにしか聞こえませんでした。
繰り返しますが、音楽はいいです。
ショパンの演奏シーンも2、3回あります。
それ以外は痛いです。ハイ。
予告編で期待しないように、音楽に期待しましょう。

シエマで、9月16日(金)まで。
http://ciema.info/index.php?itemid=2025

Posted by ぽてち. at 2011年09月04日23:42 | Comment(4) | trackback(0)

「サラエボ、希望の街角」



 ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボが舞台。
 客室乗務員として働くルナ(ズリンカ・ツヴィテシッチ)は、空港の管制塔で働くアマル(レオン・ルチェフ)と同棲している恋人同士。ある日、アマルは勤務時間中の飲酒を知られ、停職処分になってしまう。サラエボの内戦で戦ったアマルはアルコール依存症になっていた。戦友との再会を契機にイスラム原理主義に傾倒していくアマル。心から愛し合い、子どもも欲していたルナだが、彼との溝が深まってしまう。

 明るく快活なルナがとってもキュートです。
 健やかにいびきをかいているアマルを動画に撮り、アマル・の不在時にさみしくなって枕元で再生するシーンは胸キュンものです。
 その頃はまだまだ心が離れていなかった二人。
 映画の後半にかけて次第に戦争が残した心の傷が色濃くなってきます。

 ヤスミラ・ジュバニッチ監督の長編2作目。
 1作目の「サラエボの花」は、母娘の葛藤を通して内戦の傷跡を描いていました。
 二つの作品ともに、サラエボへの愛に満ち溢れています。

 「サラエボ 希望の街角」はシエマでの上映は終わったんですよね?
 観るのが遅くてすみません。
 つらさを体感できないけど、心が温かくなる、観てよかったと思える映画でした。



Posted by ぽてち. at 2011年08月12日22:19 | Comment(6) | trackback(0)

「タクシードライバー」 全編に漂う狂気と苛立ち


ベトナム戦争帰りのトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)は不眠に悩み、
深夜タクシーの運転手として惰性で生きていた。
ある日、大統領候補の選挙事務所に勤めるブロンドの女性ベッツィ
(シビル・シェパード)に一目ぼれしデートに誘うが、
ポルノ映画に誘ったことですぐに振られる。
鬱憤を募らせたトラヴィスは、大統領候補の暗殺を計画するが、
それも未遂に終わる。
その後、彼はポン引きのスポートに騙され売春婦として
働かされていた少女アイリス(ジョディ・フォスター)と出会う。

マーティン・スコセッシ監督自身もちょい役で出てます。
音楽は、バーナード・ハーマン。
あのメランコリックなサックスが響く有名なメインテーマは、
NYの裏社会を辟易しているトラヴィスのイライラが表れているのでしょうか。
映画を邪魔しない絶妙なBGM。

スチームの向こうからタクシーが登場する最初のシーンから、
狂気と苛立ちを孕んでいる空気がぬぉぉぉと迫ってきます。

‘ゴミ’を浄化したい、世間の不浄に我慢がならない。
いつの時代にも存在するようなリアルな狂気。
ずっとトラヴィスの目線で進行していきます。

スコセッシ監督に、観ている方が試されているようなエグさを感じます。
孤独、苛立ち、狂気…これが人間の本質なんだ、トラヴィスに共鳴できるのか?と。
余韻も含めて、怖いくらい印象深い作品です。
デ・ニーロ、ほんと佇まいがかっこいい。
13歳のジョディ・フォスターのかわいさが救いです。

午前十時の映画祭・青の50本の1作。
土曜の朝10時は満席でした。


Posted by ぽてち. at 2011年08月11日01:28 | Comment(0) | trackback(0)

「ブリット」 クールでイカす刑事物語

今週のブログ記事は、スティーブ・マックイーン祭りです。

1968年のアメリカ映画。
サンフランシスコ市警のブリット警部補(スティーブ・マックイーン)は、チャーマース上院議員から裁判の重要証言者の保護を命じられる。
その証言者とは、ロスというマフィアを裏切った男。

ブリットは、部下のデルゲッティ、スタントンと交代で、高速道路に近接したおんぼろホテルの一室でロスを保護する。ところが、ロスはスタントンが目を離した隙に部屋のチェーンを外し、それと同時に飛び込んできた白髪の殺し屋に射殺される。重傷を負ったスタントンから、ロスが誰かと示し合わせたかのようにドアを開けたことを聞きだすブリット。何かあると考えたブリットは、ロスが死んだことを上司にも報告せず、殺し屋逮捕に邁進する。

ピーター・イェーツ監督の映画、かっこいいですね。
スティーブ・マックイーンは「大脱走」「パピヨン」とも、前向きで粘り強くタフな男を演じていますが、この作品は、静かに闘志を燃やすクールな刑事。
仕事の合間にはきちんと恋人との食事も楽しみ、政治家の圧力にも屈せず、タートルネックにジャケットを着こなす、まさにマックイーンのための映画。

また、彼は元レーサーだったそうです。
カーチェイスの場面はほぼスタントなしとか。
ブリットのマイカーはグリーンのマスタング。
これがまたカッコいい!
マスタング欲しい!

よく練られたストーリーに緊迫のカーチェイスと空港での追跡劇。
完全無欠のカッコよさを誇る刑事映画です(言い過ぎか?)。

シエマでは、来年1月14日~20日の上映
シエマの赤の50本のラストの作品です。

Posted by ぽてち. at 2011年08月06日01:10 | Comment(2) | trackback(0)

「パピヨン」  大脱走と真逆の脱獄劇


 胸に蝶の刺青をしていることからパピヨンと呼ばれる男(スティーブ・マックイーン)は、仲間の裏切りにあい、無実の罪で終身刑となった。終身刑は、祖国フランスを追放されるうえに、南米ギアナで過酷な労働が科せられる。脱獄を決意したパピヨンは、偽札作りの名人ルイ・ドガ(ダスティン・ホフマン)と取引することで、看守を買収したりボートを購入するための逃亡費用を稼ごうとする。脱獄失敗を繰り返し、独房に入れられるなど過酷な運命をたどるパピヨンだったが、やがて二人は奇妙な絆で結ばれてゆく。

 パピヨン役のスティーブ・マックイーンは、午前十時の映画祭「大脱走」でも主役を演じています。
同じ脱獄ですが、「大脱走」がエンターテインメントであるのに対し、「パピヨン」は臨場感あふれる脱獄も、といった感じでしょうか。
 脱獄に失敗したパピヨンは独房に入れられます。暗闇で絶望にさいなまれ、食糧も半分に減らされる日々。観ている側の神経がすり減りそうな仕打ちを受けます。スティーブ・マックイーンの堂々たる体躯が、独房生活後に劇的に変わります。

 自由への執念を燃やし続けるパピヨンと、囚人なりの環境に適して生きていこうとするドガ。ダスティン・ホフマンもやっぱりいい俳優ですね。

 150分の映画ですが、眠くなりません。150分丸々集中して観たぞ、というボリュームを感じられる映画です。
 「自由」って何だろう。パピヨンはなぜそこまで「自由」に恋い焦がれたのか。
 ラストカットにそんな哲学的なことを想ってしまいました。

 シエマでは、来年1月7日~13日の上映予定。

Posted by ぽてち. at 2011年08月05日00:24 | Comment(0) | trackback(0)

「アメイジング・グレイス」 挫折した男が立ち上がる


(c)MMVI WALDEN MEDIA, LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

植民地政策全盛のイギリスが舞台。
ウィルバー(ヨアン・グリフィズ)は、心身を病んで療養していた。奴隷廃止のための法案を議会に提出し続けてきたが、未だ実現させることはできず、夢の中でも奴隷達が苦しむ姿にうなされることが原因だった。よき伴侶を得て回復するようにと結婚を勧められ、若いバーバラと結婚する。彼より18歳も年下のバーバラの歯に衣着せぬ物言いと政治への考え方が、ウィルバーをもう一度奮い立たせた。かつての仲間とともに、策略も練って、廃止法案の通過に向けて立ち上がる。

奴隷廃止200周年記念のイギリス作品として公開(2007年)されたそうです。
過去の非人道的な行いをその当事者であった国がどう描くのかという点では賛否があるかもしれませんね。奴隷船の不衛生さグロさは直接見せてませんから。

でも、一度はヘタレになってアヘン中毒になりかけた人が、ギリギリのところで立ち上がり、本懐を遂げる過程を丁寧に描いているので、見事なヒューマンドラマになっていると思います。
歴史物の説得力に加えて、最後の権謀術数はなかなか魅せます。

鑑賞後は、あらためてアメイジング・グレイスの和訳を見てください。
感慨深さはエンドロールに勝ると思いますよ。
作曲者は不明ですが、作詞はジョン・ニュートン牧師。
奴隷船の船長をしていたことを悔いてつくったものだそうです。
ジョン牧師は、ウィルバーの恩師でした。

シエマで、8月13日(土)~26日(金)まで。
http://ciema.info/index.php?itemid=1995


ちなみにこれ、「アレクサンドリア」と2本立てで観ました!
「キネカ大森」では、一度上映した作品を1週間限定で2本立てで鑑賞ができます。
2本で1300円!お得~。

Posted by ぽてち. at 2011年07月31日23:05 | Comment(4) | trackback(0)

こころにジーンときた。ショーシャンクの空に。

見終わったあとすぐに、もう一回見たい、と思った映画でした。一言でいうと刑務所の映画だけど、同じスティーブンキング原作の「グリーンマイル」とはまた違う温かさやさわやかさがありました。

ほとんどの時間は、ショーシャンク刑務所の中。妻と愛人を殺したという身に覚えのない罪で刑務所に送られた主人公アンディ(でも、本当に冤罪なのかどうかは、映画の後半まで確信は持てません。冤罪を証明してくれるトムは、あまり登場時間は長くありませんが、強烈な印象を残す役です。)

誰とも口をきかなかったアンディが、“調達係”のレッドに頼んだモノは、小さなロックハンマー。本当に“小さな”金づちです。これが、最後に“大きな”驚きをもたらします。何に使ったか、どこに隠したか、隠した場所が悪人の所長に与えるショック。本当に大事なツールでした。

アンディとレッドのほかにも、刑務所での生活や出所後の生活のつらさ、厳しさを考えさせる脇役たち。みんな、魅力的でした。

厳しい刑務所生活に希望を与えようと、図書室を充実させたり、仲間にビールを提供させたり、行動するアンディ。そんないろいろな行動の中で、ジーンときたのは、送られた古書に交じっていた「フィガロの結婚」を放送室に立て籠もってみんなに聞かせるシーン。放送室のドアを叩かれ、脅されながら、微笑むアンディの柔らかい表情が印象的でした。

無実は証明できなかったけれど、最後は悪を懲らしめ、夢をかなえるアンディ。勧善懲悪好きの日本人に会うラストでした。仮出所してもシャバに馴染めず刑務所に戻ることを考え出すレッドがアンディの話を思い出し、約束の場所で隠しものを探し出すまでのシーン、そこがアンディのプロポーズの場所という設定も、その大きな椎の木のある風景もすてきでした。

いい映画でした。7月29日までです。

Posted by シロクロアリス. at 2011年07月25日17:35 | Comment(5) | trackback(0)

「アレクサンドリア」 信念を曲げない女性に惚れる


(C)2009 MOD Producciones,S.L. ALL Rights Reserved.

4世紀末、学芸の都だったアレクサンドリアが舞台。
才色兼備の女性天文学者・ヒュパティア(レイチェル・ワイズ)は、宗教の別も奴隷であるかどうかも問わず、誰でも分け隔てなく弟子として学問を授け、慕われていた。
一方、世間では、急速に台頭してきたキリスト教徒と、古代の神々を偶像崇拝してきた科学者たちとの対立が激化。アレクサンドリア図書館が悲劇の舞台となってしまう。ヒュパティアの多くの弟子たちがキリスト教に改宗したが、ヒュパティアは変わらず宇宙の真理の解明に没頭し続ける。ヒュパティアの言動は、キリスト教徒に支配されていくアレクサンドリアの中でも次第に異端視されていくこととなる…。

アレクサンドリア図書館は、地学・数学・天文学・医学など世界中のあらゆる分野の書物が集積していたそうですが、アルキメデスやプトレマイオスなどが活躍したことでも歴史的に有名です。
ところが、当時のキリスト教は、非常に狭い教義であると解され、偶像崇拝をするような宗教を詰り続けます。その標的になってしまったのがアレクサンドリア図書館でした。図書館の消失により、ヘレニズム文化の成果が大量に失われてしまいます。

寝ても覚めても惑星の軌道を考え続けるヒュパティア。
弟子たちの恋心も全くかないません。
レイチェル・ワイズは、頭脳明晰で謙虚な女性天文学者がピッタリですね。
でも、まっすぐすぎる彼女は、その信念が悲劇を招いてしまいます。

ラブストーリーとして観ることもできますが、歴史的背景への理解があるとより楽しめます。その当時の歴史を調べてからちゃんと観たかったな~。ちょっと反省。
宗教の不寛容とアレクサンドリアの混迷ぶりがよく描かれています。
期待以上でした。

シエマで、7月15日(金)まで。
http://ciema.info/index.php?itemid=1940

Posted by ぽてち. at 2011年07月09日02:11 | Comment(1) | trackback(0)

天井桟敷の人々

タイトルはあまりにも有名なこの映画。でも、見たのは初めてでした。

3時間以上で、2部構成の大作でした。終わったときの感想は、率直に「えっ、ここで終わるの?。うーん、みんな不幸になっちゃたなー。こんな悲しい映画だったんだー。」

もちろんモノクロですが、19世紀のパリの街や文化がよくわかる映画でした。でも、タイトルの天井桟敷の人々は、劇場シーンで生き生きとして観劇して、野次を飛ばしたりしていましたが、タイトルにするような存在感まではなかったのですが、映画のとらえ方が浅いのでしょうか?

と、書いちゃうとあんまりおもしろくなさそうに思われてしまいそうですが、3時間はあっという間に過ぎましたから、やっぱりおもしろい映画、一度は見ておきたい映画、だと思います。

登場人物一人ひとりの心のひだ、絡まりあい方、そんなところを振り返ると、生身の人間がよく描かれていたなー、という映画でした。

それと、一部と二部が始まるときに、冒頭カーテンの画像があり、それが上がります。カーテン奥の舞台で映画が演じられているような感じになりました。ひょっとして、我々(映画の観客)が天井桟敷の人々だったのかなー。

Posted by シロクロアリス. at 2011年07月06日12:37 | Comment(1) | trackback(0)

一番怖いのは、人間。「冷たい熱帯魚」

いやー、怖い映画でした。怖いと言っても、おばけとかではありません。熱帯魚だから、ピラニアという訳でもありません。

こんな人間が近くにいたら怖いだろうなー。こんな風に取り込まれたら、どうすればいいんだろう?でも、警察に行くよなー。なんて思いながら見ました。

万引きした娘のことでスーパーに呼び出された夫婦が、ある男の横を通り過ぎたその時から暴力が襲い掛かり始めます。甘い声で、どんどん足を踏み入れてくる男。「その世界の人間は、やさしく語りかける」って聞きますが、こんな感じなのかなー?

平気で人を殺す、バラバラにする、燃やす、さかなのエサにする・・・。こんなシーンがリアルに。怖そうでしょう。

この映画、最後はどういう形で終わるんだろう?って思い始めていると、意外な展開に。これほどの恐怖や暴力に取りつかれると、人間性も変わるのかな、それとも、もともとこういうところを隠し持っていたのかな?そして、最後は、「えっ!」

ちょっと、エログロですが、こういう非日常の世界を見るのも映画かな・・・。


Posted by シロクロアリス. at 2011年06月30日18:20 | Comment(2) | trackback(0)